もし誤りを犯す自由が含まれていないなら、自由に価値はない。

最近ビットコインを勉強しているせいで、目がベリーになりかけている紀州のえせ坊主、”ぼんさん”です。

仮想通貨って調べれば調べるほどわけわかんなくなってきちゃいます。

でも、ひとつだけわかっているのは、これからもどんどん価値は上がっていくだろうということ。

最初の仮想通貨であるビットコインは、プログラマーの間で実験的に遊びとして使われていたもので、お金としての価値はありませんでした。

ある時、一人のプログラマーが

1万BTC(ビットコインの単位)とピザ2枚を交換しないか?

と仲間内で提案したところ、面白がった別のプログラマーがピザを注文して届け、1万BTCと交換しました。

これがビットコインが通貨として機能したはじめての取引で、その後、その可能性が注目されていったわけです。

ビットコインで買ったピザ

今、1BTCは、日本円で70万円を超えています。

なので、現在のレートで考えると、このピザの価値はなんと!

2枚で70億円!?

ということになります。

このころからビットコインにかかわっていた人は、まさしくビットコイン長者になっているわけですね。

アンテナを張ることと、価値を見極める力って重要ですね。

この言葉に何を思う?

言霊人生を変える名言

マハトマ・ガンジー

これって当たり前なんですが、ガンジーが言っているところにみそがあります。

自由といいつつ、過ちが許されないのなら、それは自由ではないということ。

普通に考えれば、当たり前だろそれ。

ってなりませんか?

誰もが分かりきっているこのような言葉が名言とされているのは、

多くの人が自由ではないと考えているから。

世間で言われている自由は、間違いを犯してしまった瞬間に、

ほら見たことか!

なんて言われる現実があることを言ってるのではないでしょうか。

自由っていうのは、すべてにおいて自分が責任をもち、

間違いも含めて自分自身に判断がゆだねられているものです。

それを周りからの評価を気にするという時点で、すでに自由ではないわけで、

そんな自由には価値がないということです。

周りからの批判や評価、失敗も成功もすべて受け入れる覚悟があってこそ、初めて自由を手に入れられるんです。

でもふと思うんですよね。

そんなにみんな自由じゃないんだなって。

あなたが考える自由ってどんなものですか?

自由になりたいと言いつつ行動しない人って、できない言い訳をしている自分が大好きなんだろうな~と強く感じている紀州のえせ坊主”ぼんさん”でした。

マハトマ・ガンジー

1869年10月2日 ? 1948年1月30日
インドのグジャラート出身の弁護士、宗教家、政治指導者。
マハトマ・ガンディー(=マハートマー・ガーンディー)として知られるインド独立の父。「マハートマー」とは「偉大なる魂」という意味で、インドの詩聖タゴールから贈られたとされているガンディーの尊称である(自治連盟の創設者、アニー・ベザントが最初に言い出したとの説もある)。また、インドでは親しみをこめて「バープー」(「父親」の意味)とも呼ばれている。日本語では「ガンジー」とも表記される。
1937年から1948年にかけて、計5回ノーベル平和賞の候補になったが、受賞には至っていない。

引用元: マハトマ・ガンジー

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