親の喜びというのは、ひそかなものである。その悲しみや不安もまた同じである

おはようございます。

子どもに勉強しろと言わなくなった紀州のえせ坊主、ぼんさんです。

正月休みに、宿題をいやいややっている次男がいました。

そんなにいやいややるならやらなかったらいいのにと言うんですが、嫁はやらないでどうするのよ?なんていうので、子どもは混乱しちゃっています。

個人的には、勉強なんて、必要だと気づいた時にやればいいんじゃないかと思うんですよね。

私はたまたま勉強が楽しくてやっていただけなので、別に嫌いならやらなくてもいいんじゃないのって感じです。

自分の周りを見回して、必要だとおもったらやったらいいし、必要と思うなら、勉強に楽しみを見つけ出せばいいと思います。

とはいえ、基本的に勉強が楽しいと感じさせるかどうかは先生の力次第なので、私の場合、いい先生に巡り合ったんだとつくづく感じます。

今日の名言

親の喜びというのは、ひそかなものである。その悲しみや不安もまた同じである フランシス・ベーコン

以前にも親という字は木の上に立ってみるということを紹介しました。

恋をしながら、しかも賢くあることは不可能だ。

必要に応じて手助けをするスタンスが最もいいのかもしれませんが、ついつい余分な手助けをしてしまうんです。

特に母親は。

親の過干渉が子どもの自立を阻害していることはわかっていても、子どもが失敗する可能性を極力減らしたいと思うのが一般的な親なんですよね。

失敗から復活できる今のうちに、たくさんの失敗をさせてあげたいと思い、できるだけ子どもの判断を尊重しているのですが、常に横槍を入れるのは、母親です(笑)

お腹を痛めて産んだ母親と、出すだけ出して勝手なことやっている父親の違いですね

フランシス・ベーコン

1561年1月22日 – 1626年4月9日
イギリスの哲学者、神学者、法学者、貴族(子爵)である。イングランド近世(ルネサンス期)の人物。
「知識は力なり」(Ipsa scientia potestas est)の名言や、「イドラ」の概念で有名。

引用元: フランシス・ベーコン

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