いや、人生は気合だね。

おはようございます

4月から和歌山に帰ることになった紀州のえせ坊主、ぼんさんです。

一人暮らしじゃなくなるので、ちょっとフットワークが重くなっちゃいます。

ほんとなら、和歌山に帰るまえに、いろいろとあいさつしなければならないところもあるのですが、引っ越し作業やら、新しい職場の引き継ぎやらで、バタバタしています。

大阪にいた2年間はいろいろな繋がりができて、ものすごい濃厚な時間を過ごすことができました。

このつながりを活かせるように過ごしていこうと思います。

今日の名言

いや、人生は気合だね。 二葉亭四迷

アントニオ猪木とアニマル浜口だけが言ってるのかと思いきや、作家もこんなことをいってるんですねw

確かに、気合いは重要です。

エネルギーを持った人は、間違いなく気合いが入っているし、熱量半端ありません。

ちょっと気合いが抜けていたので、気合いを入れ直してみようと思います。

二葉亭四迷

1864年4月4日 – 1909年5月10日
日本の小説家、翻訳家。本名、長谷川 辰之助(はせがわ たつのすけ)。筆名の由来は、処女作『浮雲』に対する卑下、特に坪内逍遥の名を借りて出版したことに対して、自身を「くたばって仕舞(め)え」と罵ったことによる。文学に理解のなかった父に言われたというのは俗説である(『予が半生の懺悔』)。長谷川 二葉亭(はせがわ ふたばてい)とも呼ばれる。別の号に冷々亭主人、杏雨。江戸市ヶ谷生れ。彼の自筆履歴書によると、1883年2月1日から1885年12月25日まで、当時の専修学校(現在の専修大学)で学び、卒業した。また、東京外国語学校(現東京外国語大学)露語科入学後、同科が改組されてできた東京商業学校(現一橋大学)第三部露語科を1886年1月に中退[1]。

坪内逍遥と交流を結び、その勧めで評論『小説総論』を発表。1887年~1891年の間に出された写実主義小説『浮雲』は言文一致体で書かれ、日本の近代小説の開祖となった。また、ロシア文学の翻訳も多くてがけ、ツルゲーネフの「あひゞき」「めぐりあひ」は特に有名。自然主義作家へ大きな影響を与えた。

後に『其面影』『平凡』を書いたが、1909年、ロシア赴任からの帰国途中、ベンガル湾上で客死した。

引用元: 二葉亭四迷

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