友人とは第二の自分だ、と言えるかもしれない。

おはようございます。

あまりのさむさに凍えてしまいそうな紀州のえせ坊主、ぼんさんです。

南国育ちなので、寒さにはからっきしだめなんです。

今は、学生の時より狭い部屋に済んでる関係で、ほぼ暖房つけっぱなしです。

それでも嫁と子供が住んでいる家の電気代より安く収まっています。

家をたてるなら、仕切り入れまくったほうがいいですよ(笑)

今日の名言

友人とは第二の自分だ、と言えるかもしれない。 マルクス・トゥッリウス・キケロ

友人って自分に近い人か、まったく違う人の二通りあると思います。

自分に近いから感覚が合うのと、まったく違うから興味が引かれるというパターンですね。

以前、親友はいないんじゃないかという話をしましたが、友人もあまりいないような気がしてきました。

どこまでが友人なのか、どこからが友人なのか、

第二の自分だとするなら、私には友人がいないような気もします。

無理に定義する必要もないと思いますが、
とりあえず、一緒にいて楽しくって有益な時間を過ごすことができる人を友人ということにしておきます。

こう考えると、結構友人の枠が広がっていきますね。

マルクス・トゥッリウス・キケロ

紀元前106年1月3日 – 紀元前43年12月7日
共和政ローマ末期の政治家、文筆家、哲学者である。ラテン語でギリシア哲学を紹介し、プラトンの教えに従う懐疑主義的な新アカデメイア学派から出発しつつ、アリストテレスの教えに従う古アカデメイア学派の弁論術、修辞学を評価して自身が最も真実に近いと考える論証や学説を述べ、その著作『義務について』はラテン語の教科書として採用され広まり、ルネサンス期にはペトラルカに称賛され、エラスムス、モンテスキュー、カントなどに多大な影響を与えた。キケロの名前に由来するイタリア語の「チチェローネ」という言葉は「案内人」を意味するが、ギリシア哲学の西洋世界への案内人として果たした多大な影響をよく物語っている。

引用元: マルクス・トゥッリウス・キケロ

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